2005/02/05

さようなら、そして、ありがとう。 

かつて輪島行との乗換駅だった穴水に到着、駅名板にはその証が残っていました。 そして、2005/4/1からは、今度はここが終着駅になってしまうという厳しい現実…。
国鉄時代に一回だけ訪れた能登線・七尾線の記憶を辿りつつ、最初で最後の訪問となった「のと鉄道 能登線」を後にしました。

さようなら、能登線 (;_;)

(2004/11/21,穴水駅)



2005/02/04

宴の余韻 

のと鉄道のお座敷列車「やすらぎ」がホームにいました。車内を覗くと料理や缶ビールなどの宴のあとがそのままの状態で放置されているではありませんか。ただ…、あまり盛り上がった会ではなかったよーな気がするのは私だけでしょうか(^^;;

(2004/11/21,珠洲駅 やすらぎ,給油機)



2005/02/03

掛け声あれど人影無し 

列車は折り返して珠洲駅で1時間停車(列車番号は変わりますが…)です。広い駅前ロータリーには何故か「腕木信号機」と「能登線は珠洲市の明日を築く道」「お母さんぼくやっぱり汽車で行く」と書かれた鉄道利用促進の大きな看板がポツンっと立っています。 が、駅前といっても駅前商店街などの賑わいは全く無く、タクシーさえ一台も止まっていない状況を見ると、廃線も仕方ないのかもしれませんね。

(2004/11/21,珠洲駅)



2005/02/02

無くなるモノ、無くすモノ 

珠洲駅で「輪っか」を受け取って列車は先に進みます。終点までたった二駅なのに、どうして全線自動閉塞にしなかったのでしょうかね。国鉄時代からの赤字ローカル線廃止論議に揺れた結果かなぁ っと勝手に想像しながら終点蛸島駅に到着しました。ちょっと下車して辺りを散策したいところなんですが、非自動閉塞区間の無人駅のせいか、運転士による列車運転方向転換作業が完了すると直ぐの発車という慌しさでそれもなりませんでした。

これで最初で最後となる「のと鉄道」全線乗車ですが、有人駅での事務連絡書類の受け渡しで運転士と駅員との少々くだけた会話などローカル線ならではの風景が無くなるのは やっぱり寂しいですね……。

(2004/11/21,のと鉄道 スタフ,蛸島駅)



2005/02/01

要るの?要らないの? 

黒い車輌とすれちがった。[ガンバレのと鉄道の会]というボランティアが実施した「NOTo EXPRESS」塗装らしい。でんでん虫の「ノットくん」のヘッドマークもあるので、「急がない」っと言う意味だと思うけど、NOTの文字が目に入るので「のと鉄道」を否定しているようでちょっと… 消化不良ってカンジです。
それに、NOTO EXPRESSといえば現役のJR急行列車「急行能登」ですよね。(^-^)

(2004/11/21,穴水駅 NT121,NOTo EXPRESS NT103,松波駅)



2005/01/31

ネコに郵便車 

生憎の小雨の中、我々の乗せた一両きりの列車は能登半島を進みます。
能登中島駅でWebで紹介されていた郵便車が確かにあることを確認。貴重さは全く分からないのですが(^^;とりあえずカメラに収めました。
そうそう、この郵便車はどーか知りませんが、昔はこの中で郵便物の仕分け作業を行なっていたそーなんです。冬ならともとかく、夏はとっても暑かったでしょうね。

(2004/11/21,能登中島駅 郵便車 オユ10,のと鉄道)



2005/01/30

日曜大工ぢゃありません 

能登線が廃止されると、のと鉄道の線路は三分の一にまで縮小される。と当時に、多くの車輌が余剰になるだろう。だからと言って、こんな素人のようなスプレー缶での補修とは情けない……。日本海の潮風によって車体の傷みが激しいのかもしれませんが、余りにも痛々しいぢゃありませんか。
やはり、廃線が決定してしまうと、企業として安全面以外の補修費用も出せないという事情は容易に理解できるけど、やっぱり残念ですね……。

(2004/11/21,のと鉄道 NT102)



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